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あれ?なんかおかしい、とおもったら…

つい先程、私はFormula Nippon公式サイトにアクセスした。
トップページを見て私は思った。
あれ?なんかおかしい…
決勝レースの模様がまだアップされていない?
なんで?
そう思った私はポイントランキングのページを見た。
ここはちゃんと更新されているな。
そう思ったが、なんかおかしい。
あれ?チャンピオンってBenoit Treluyerと1点差だったっけ?
そう思い、ドライバーの名前のところを見てみると…
えっ?松田次生
なんで?
小暮卓史が0点になっている…
そう思い私は最終戦の順位を見てみたら、
優勝が本山 哲になっている。
小暮はスキッドブロック(安全性向上のためわざと乱気流を発生させてスピードを落とすための板)違反により失格となっていた。
レース中に地面とこすれすぎたために規定の厚さより薄くなっていたのだろうか?
これにより、松田次生が2007年Formula Nipponチャンピオンとなった。
なんと、国内トップフォーミュラ史上初 優勝なしでのチャンピオンとなった。
ちなみにチームタイトルは小暮が失格になる前にすでにmobilecast IMPULに決定していた。
mobilecast IMPULにとってはダブルタイトル獲得となった。

それにしても、小暮はめずらしく喜びを体で表現していたのに…
中嶋監督も表彰台でMichael Schumacherのマネ(?)をしていたかのように跳んでいたのに…
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by utmich | 2007-11-19 00:15 | Formula Nippon

運命のFormula Nippon最終戦

2007年、F1は三つ巴の状態で最終戦が行われていたが、Formula Nipponも三つ巴の状態で最終戦を迎えた。
チャンピオン候補は、
mobilecast IMPULBenoit Treluyer(45点・優勝1回)
PIAA NAKAJIMA小暮卓史(41点・優勝3回)
mobilecast IMPUL松田次生(41点・優勝なし)
の3人である。

予選の結果は、小暮が3戦連続のPole Positionを獲得し、Treluyerは4位、そして松田は11位だった。
今度こそ地元初優勝と思っている松田にとってはチャンピオン獲得は非常に厳しい状況となった。
ちなみに今回スポット参戦したTony Kanaanは18位だった。

今回は300kmで行われ、1回のピットストップ(タイヤ交換と給油を同時に行う)が義務付けられている。
といっても、満タンでも300km走りきれないからどうしても1回入らなければならないのだが…(ちなみに今回は満タンでスタートするのは禁止)
現地は気温16度、路面温度24度という状態であり、かなりの強風でホームストレートは追い風である。
また、青空は見えているが、1コーナー付近で雨が降っているようだ。

フォーメーションラップが行われている中、牽制していたのかなぜか小暮は突然ペースを落としていた。

そして、51周で争われるFoumula Nippon最終戦決勝レースがスタートした。
4番グリッドからスタートのTreluyerがロケットスタートを決め、3番グリッドからスタートのArabian Oasis IMPUL本山 哲と2番グリッドからスタートのPIAA NAKAJIMALoic Duvalを交わして2位に上がった。

そしてなんと、松田ARTA金石年弘が接触してしまった。
その影響で松田は14位に落ち、金石はガレージに入った。
松田は大ピンチに陥った。
2周目の後半あたりから3位のDuvalが2位のTreluyerに追いつき、DuvalTreluyerを交わそうと試みていた。
Treluyerのマシンからは白煙が上がっているようだ。
この状態は数周続いていた。
10周目にBOSS・INGINGRonnie Quintarelliの右後輪の空気が抜けていたためスローダウンしていた。
その頃、3位のDuvalが2位のTreluyerを交わそうと試みていた。
もし、DuvalTreluyerを交わしこのままの順位でレースを終えた場合は小暮がチャンピオンとなる。
小暮にとってはチームメイトのDuvalTreluyerを交わせるかどうかにかかっているといってもよいだろう。
だが、Duvalは細かいミスを連発し、なかなかTreluyerを交わせない状態だった。

25周目あたりにPIAA NAKAJIMAmobilecast IMPUL両ピットが準備をしていた。
一体それぞれ誰から入れるのだろうか?と思ったら、なんと、TreluyerDuvalが2人同時にピットインした。
ピット作業の速さにかかっていたが、かかった時間はほぼ同じだったため、2人の位置関係は変わらなかった。
その2周後、1位を走っていた小暮がピットインした。小暮は余裕で1位でコース復帰した。
ちなみに見た目上3位(実質たぶん5位)を走っていた松田もこの周にピットインした。

フランス人同士の2位争いが続いていたそのとき、33周目のことだった。
DuvalTreluyerを交わそうとしたとき、なんと2台が接触してしまい、Treluyerはスピンしながらバリアを越えてしまい、Duvalはまっすぐバリアに突っ込んでしまった。
幸いにも2人とも無事だった。
このとき、コックピットから出たTreluyerは拍手していた。たぶんDuvalに対しお互いの健闘をたたえていたことだろう。
Treluyerがチャンピオンになるには松田5位以下、小暮6位以下になったときとなる。
このとき小暮は1位、松田は8位を走っていた。
これで小暮のチャンピオンが濃厚となった。

その後、7位を走っていた松田は6位を走っているCARCHS KONDOJoao Paulo Lima de Oliveiraを交わそうと試みていたが、松田はなかなかde Oliveiraを交わすことが出来なかった。
そうしているうちに後ろからDHG TOM'S荒 聖治が追いつき、さらにその後ろからKanaanが追いついてきていた。

45周目に、4位を走っていたDoCoMo DANDELIONFabio Carboneがスローダウンしマシンを止めた。
これにより、松田が5位に上がった。
松田はあと1つ順位を上げればポイントランキング2位となる。

そしてレースが終了し、小暮が今季4勝目をあげた。
松田の地元初優勝はまたしてもかなわなかった。
これにより、小暮卓史が2007年Formula Nipponチャンピオンとなった。
日本人としては3人目である。
小暮は普段感情を表に表さない人であるが、さすがに今回は非常にうれしかったのか、感情を表に表していた。
2位は本山、3位はDHG TOM'SAndre Lotteror
松田は結局de Oliveiraを交わせず5位に終わった。
今回スポット参戦のKanaanは7位でした。

それにしても小暮がチャンピオンになってうれしい。
何がうれしいって…
某サイトのFormula Nipponのチャンピオンの予想で小暮に賭けていたということがうれしい。
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by utmich | 2007-11-18 16:37 | Formula Nippon

3度目のゾロ目

この度、私UtahMichiganは33歳になりました。

32歳のときは、ここでは書きませんでしたが、頭に電気のリングが通っているような頭痛を伴う風邪らしき病気にかかったり、左膝の靭帯を伸ばしたためせっかく始めたBILLY'S~がドクターストップにより断念せざるを得なくなったり(左膝は始める前から痛みがありました。)など、病気や怪我が多かった1年でありました。

これから先、散々な目に遭うことが目に見えているような状態ですが、何とか切り抜けて生きていきます。

これからも、私UtahMichiganをよろしくお願いします。
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by utmich | 2007-11-09 02:49 | 独り言

F1ドライバーがダーツに?

この日、私は休みをとっていた。
本当は明日休みを取る予定だったが、仕事の都合で今日になってしまった。

さて、何かおもしろいものやっていないかな、と思ってテレビをつけてみたらダーツをやっていた。
だが、画面のテロップをよく見てみると…
えっ!?
LEWIS HAMILTON??
なんでダーツにLewis Hamiltonが???
と思っていたら、Adrian LEWIS選手とAndy HAMILTON選手の2人がダーツをやっていた。

それにしても、ダーツをやっているところを見ると、どうしても見続けててしまうものですよね…
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by utmich | 2007-11-08 01:34 | 独り言